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執筆者の写真smo inc

日本の筆記具メーカートップ対談:三菱鉛筆とゼブラ、各社のパーパスを語る

更新日:9月14日

先日SMOで発表した「PURPOSE STATEMENT LIST 2024」では、企業理念として”パーパス”を公式に掲げている企業をリスト化していますが、”パーパス”とは呼んでいなくても、理念を別の呼称でパーパス同様に掲げて理念主導で邁進している組織は多く存在します。今回はそうした組織の代表であり、誇れる日本の筆記具メーカーである、三菱鉛筆株式会社の数原 滋彦社長と、ゼブラ株式会社の石川 太郎社長のお二方に、それぞれの理念とその浸透についてお話しいただきました。



(インタビュアー:SMO 齊藤 三希子)


 


齊藤:本日は、私の従兄弟である三菱鉛筆の数原滋彦社長、そして同業他社ながら同窓で長く親しくされているというゼブラの石川太郎社長、若くしてそれぞれ社長にご就任されたタイミングで、会社の存在意義を新たな理念として掲げられたということで、今日はお二方にざっくばらんにお話いただければと思っております。

まずはそれぞれの会社のパーパスについてお聞かせいただけますか?

 

三菱鉛筆 数原滋彦社長(以下、数原):三菱鉛筆では企業理念を「ありたい姿2036」と「コーポレートブランドコンセプト」として掲げていて、公式に”パーパス”とは言っていないのですが、コーポレートブランドコンセプトである「違いが、美しい。」という文言の下に載せている、”新たな技術で一人ひとりのユニークを輝かせ、世界を彩りたい”という部分が、実質の存在意義=パーパスと考えています。


三菱鉛筆公式サイトより


ゼブラ 石川太郎社長(以下、石川):私は社長になって3年目ですが、社長就任を機に自分の今の想いや受け継いできた理念について、一つの映像にまとめて発表しました。

その前から当社には”Open your imagination.” というスローガンがあります。筆記具で書くことを通じて、人の創造力を刺激したり、何か新しいことをひらめく時の手助けをしたい、そういった手書きの可能性を最大限に広げていく会社というのがゼブラの存在意義だと考えています。


ゼブラ株式会社 公式サイトより


数原:”Open your imagination.”の言葉はいつ作られたものですか?

 

石川:2007年に先代の社長の時代に作りました。当時パーパスという考えは一般的ではなかったけれど、経営理念としてゼブラのあり方や存在意義を当時の社長が言葉にしていました。我々も筆記具製造業というだけではなく、創造性開花業になりたいという意味を込めています。

 

数原: 当時の石川真一社長がカリスマで、先を行かれていたんですよね。この時点で、パーパス的なものを打ち出すのは、とても早いですよね。 


齊藤:2007年ぐらいだとまだ、製造業だとモノ作りっていうところにフォーカスしているときですよね。



機能的価値から情緒的価値へ


石川:当社のスローガン”Open your imagination.”については、現在もっと具体的な形にできるよう考えているところです。書くことによって創造性、想像力というものが世の中に満ち溢れたら、その先に待っている世界がどういうことなのかと考えた時に、世の中の創造力が引き出されると、世界における発明・・どんな小さな発明でもいいんですけど、例えば子供時代に誰もが経験する、砂場で自分の手を使って書くとか、ちょっとしたレシピとかファッションとか、小さなアイディアでも良いので、みんなの創造力を引き出すことで、何か未来に繋がる発明の種になるようなものが世の中に生まれていく。そんな発明の総量を増やすお手伝いができる存在になれたらいいなと。




齊藤:いいですね。全人類がアーティストであり、クリエイターになるお手伝いっていう感じですね。 三菱鉛筆さんは今の理念を掲げるまでの経緯はどんなものだったのでしょうか?

 

数原:現会長が社長になった1987年に「世界一の筆記具メーカー」になるというような発言をしたことがあって、その発言が実質的なビジョンのような形になっていて。2022年に、今の「世界一の表現革新カンパニー」「違いが、美しい。」を掲げたんです。

 

石川:世界一の筆記具メーカー、のところは、今も残しているんでしょうか?

 

数原:もちろんです、「世界一の表現革新カンパニー」の中に、「世界一の筆記具メーカー」を包含していて、事業のドメインを広げたっていうイメージですね。3代前の社長のときに「日本一の鉛筆メーカー」、2代前の時に「日本一の総合筆記具メーカー」になろう、というステップだったんで、前社長(現会長)は次に「世界一の筆記具メーカー」になるという言葉を出したんです。ここで言う世界一というのは、売上高や利益ではなくて、今日より明日、明日より明後日、良くしていくという意味で、マーケットのベストではなくて自分の中のベストといった意味合いの「世界一」です。だから、僕が今「世界一の表現革新カンパニー」になろうと言ってるのは、グローバルでベストというより、当社グループとしてベストであれ、という意味ですね。



石川:情緒的な部分に訴えるというような パーパス的なところを掲げられたのは、社長になって2年目ぐらいでしたか?

 

数原:そう、2年目のときに出したんだけど、そのさらに6年くらい前に僕が商品開発にいて、”エモット”を出した頃から情緒的価値に注目し始めたんです。役に立つ機能的価値ではなくて、エモーショナルな軸のほうが大事になると。僕らはそれまで機能や品質を求めて技術に投資して付加価値をつけてきたんですけど、技術としては比較的成熟しているので、機能的価値は大前提としながらも、エモーショナルな価値を高めるということが重要だと。だからさっき話したパーパス的な文言である、「違いが、美しい。」の文言の最後には、「新たな技術で一人ひとりのユニークを輝かせ・・・」としていて、新たな技術、が前提として入れてあるんです。


石川:やっぱりそこはぶらさないポイントなんですね。それが、滋彦社長が就任後に作られたLakit(ラキット)(*オンラインで受けることができるキット付きのクリエイティブレッスンのサービス)のような体験価値を提供するサービスにつながっているんですね。

 

数原:やっぱりそういうのが必要だよねと。



三菱鉛筆株式会社 Lakit


石川 :当社もアプローチは違えど、向かっているところは似ています。サラサラ書けるとか、細く書けるとか、色鮮やかなどの機能価値は日本の技術として追求しているものの、書くことで何か別の価値を追求できないかと考えています。「書く」ことの役割の一つは仕事や学校でおこなわれているいわゆる記録や思考の整理があります。それだけではなく例えば、手紙の文字には書いている時の心のプロセスが表現されていて、その時の人の脳や心がどう変化しているのか、そこに着目することで手書きの新しい価値を生み出せるのではないか、そういったことを追求しようと10年以上前から脳科学の研究をおこなっています。


齊藤:同じ業界だけど違うメーカー2つがそれぞれ代交代をして目指すところが、製造業ではなく価値をさらに広げていくところに注目して現在進行形でそれぞれ進められいてるというのは、面白いですね。

 

数原:日本の少子化高齢化、およびデジタル化という大前提が同じなのかなと思います。2000年ごろ、僕が社会人になるくらいのタイミングで「10年後なくなる会社!」っていう類の記事や特集には筆記具の会社とかが入っていて(笑)。でも、そこから20年経ってみると、ゼブラさんの業績も素晴らしいし、当社も売上高過去最高を更新できました。業界として危機感がある状態だから、ただの筆記具メーカーだと生き残れない、これまでと違う視点で考えなければいけないという意識が、社長になる前から必然的にあったんです。


石川:私もまさに同じ気持ちでしたね。20年少し前ぐらいからグローバル化の波が来ていて、当社も先代の社長がグローバル化を進めていました。海外では日本の筆記具の品質が認められて広がっていくと予想しつつも、国内は少子化やデジタル教育が進む中で、筆記具の書くという役割だけでは、自分が社長になる時代には厳しくなるのではという危機感がありました。


齊藤:なるほど。それで理念も改めて策定したり、パーパス的なものも作られ、新しくまた進化させるところに邁進されてると思うんですけれども、社内での反応はいかがでしょうか? 


数原:おそらく、最初は困惑した社員が多いんじゃないかと思います。前社長就任の時は、国内から海外へと事業展開するという分かりやすいビジョンだったと思いますが、突然”表現革新カンパニー!”と来て、「え?なにすればいいの??」って思った社員が多いのではないかなと(笑)

  

齊藤:(笑)読み解きが難しいという。ゼブラさんはいかがですか?


石川:パーパス映像では、筆記具の可能性を広げていくという姿勢を社外向けに表現しているのですが、それとは別に実は社内向けのメッセージも込めています。

当社では創業時から「和の精神」というものを掲げていて、実際に社員同士がお互いを尊重しながら一つの目標に向かって協力を厭わない社風があります。


齊藤:良い社風ですね。

 

石川:確かにそうですが、お互いを尊重しすぎるがゆえにぶつかり合いや議論が少ないんです。それは私が社長になる前から問題意識として持っていました。

これからの時代、社員同士互いに言うべきことは言って異なる意見をぶつけ合わないと、イノベーションを起こしたり次のステージへ行くことは難しいと思っています。

私が社長になってからは社内で”和と挑戦”と言っていますが、この2つを高度に両立させようと考えて、映像の中で表現しています。

また、これまで日本の筆記具メーカーは自社だけでものづくりを完結していたのですが、これからは他社や研究機関など自社以外の「他者」と共創して新しいイノベーションを起こしていこうというメッセージも映像で表現しています。新社長としてそういった想いを映像で分かりやすく発信したつもりです。

三菱鉛筆さんもグローバル化をかなり進められていますし、海外で様々な投資もされていますよね。私たちがおこないたいような共創やイノベーションを実行されているのを拝見すると、刺激になるしとてもうれしいです。


 

理念が自走するまでの経営者の役割


数原:社会や市場環境の変化が激しいなかで、トップダウンですべてを判断することはあまりにも難しいと思いました。そこで、指標となるものが必要だと考えて、ありたい姿2036をつくったんです。これを社内では「北極星」と呼んでいるのですが、目指すべき北極星を示すことで、社員一人ひとりは自ら考えて行動することができると思っています。「今していることにどういう意味を持たせるか」までを社員が自ら考えることによって、アウトプットは違ってくると思います。


石川:それは当社も似たところがありますね。これまではトップダウンで経営してきましたが、これだけ多様化した時代の中で、経営者一人の考えで会社を動かすのはリスクがあります。

そこでパーパスのような道標(みちしるべ)を作ることで、そこに向かって社員それぞれが自分で考えて行動してもらおうと考えています。私も「自走する組織」と社内でよく言っています。


数原:僕もいつも言っていますけど、完全に自走する組織になるにはすこし時間がかかるかもしれませんね(笑)

 

齊藤:「パーパス策定したんだけど、なかなか自走しない!」ってよく経営者の方から言われるんですけど、魔法の杖じゃないですからね(笑)、ウルトラCはないですから、そこはもうやり続けないと。

 

数原 :自分で言ったパーパスの言葉に命を吹き込んで対話してこそ、浸透するんですね。

 

齊藤:そう、パッション。情熱が重要になってきますね。絵に描いた餅にしちゃいけなくて、まずは社長の背中を見せてあげて、対話して、理解してもらって。


数原:当社では、2022年にありたい姿を発表したときにまず最初にやったことは、

タウンミーティングです。これを1年ぐらいかけてやりました。ありたい姿への疑問点とか、どういう風な思いを持って作ったか、社員の間にマッチしてるのかといった話を、社長vs多数の社員で対話しましたね。その後は、中堅層で組織した浸透プロジェクトのメンバーが中心に動いてくれていて、浸透活動をしています。でも、浸透プロジェクトにお任せしきってしまうのではなく、やはり自分でも動かないとダメですよね。


石川:ミドル層の社員が社内でパーパスの浸透を真剣におこなうことはとても良いことだと思います。これまでトップダウンでずっとやってきましたけど、私は社長になってから「ミドルアップダウン」と言っています。ミドル層は経営のことを理解してくれつつ、現場の手触り感も分かっています。会社の中での活動を総合的に考えられる唯一の層だと思うんですよね。その層が自走してくれると会社は本当に強くなると思います。

 


切磋琢磨しながら世界へ


齊藤 :それぞれ、新しい理念や想いが、社内で新しい商品や戦略に落ちてる感じはいかがでしょうか?


数原:実は文具業界ってすごく時間軸が長くて、発売から30年、40年も売れるプロダクトもあるんです。

仮に、今良い評価をして頂ける商品が出たとして、短期的に売れたところで、それが長期的に本当に良かったのかはまだ、正直分からないんですよね。


石川:そうなんですよね。三菱鉛筆さんのジェットストリームは日本を代表するボールペンですけれども、これはすごい!って火がついたのも10年くらい経ってからですよね。

 

数原:ジェットストリームが出て18年。ポスカは今年41歳です。

 

石川:ゼブラのマッキーは48年、サラサクリップが21年です。筆記具は商品のライフサイクルが長くて、日本人だけでなく海外の人も一度気にいるとずっと使ってくれるのがとてもありがたいし面白い商材ですね。


ゼブラ株式会社 サラサクリップ・マッキー


数原:認知が一気に広がりにくいこともあるんじゃないかと。食品などはCMをバンバン打つなんてこともあると思いますけど、いまでもジェットストリームってブランド自体を知らない人って結構いると思うんですよ。

 

齊藤:使ってるけど知らない人も多そうですよね。

 

数原 :国内では、どんなコンビニでもゼブラさんのサラサは置いてあるけど、あれ三菱鉛筆がつくってるんでしょ?とか、当社のジェットストリームを見ながら、これゼブラさんのでしょ?とかって言われます(笑)。



石川 :よくありますよね(笑)。消せるボールペン(*PILOT製品)はゼブラの誰が考えたのかとか聞かれたり( 笑)。


数原:ありますね( 笑)、その程度ですよね。


石川 :ただ、三菱鉛筆さんがジェットストリームでなめらかに書けるボールペンという一つの新しい文化を作りましたよね。当社はいつも刺激を受けていて負けないように研究開発を続けますし、お互いが切磋琢磨しながら市場を広げていくことで日本の筆記具の技術や品質は世界でアピールすることができる。だから昔から同業他社とか競合というよりも「同志」という気持ちが強いですし、そこは変えてはいけないことだと私は思います。



数原:ゼブラさんにはマッキーとかサラサっていう良い商品があって、各社の商品が補完し合って、文房具店の魅力につながっています。もしかしたら、一社ですべてのカテゴリーのお客様に選んで頂けるような優れた商品が並べられれば良いかもしれませんが、そうではありません。研究開発のリソースもあるので、商品の魅力を丁寧に伝えてお客様に選んでいただく。各社で補完し合って文房具市場を活気あるものにしているのだと思います。 

 

石川:子供たちを含めて多くのお客様に、日本の文房具って楽しいよね、感動するよねと言ってもらえると良いですね。


齊藤 :お互いに刺激し合って、業界全体で進化して底上げする。同じ業界のトップ2人のお話を同時に聞けるなんて、普通はまず無理なんですけれども、(お二人が仲良いのは)びっくりしました。


数原:周りの方々には不思議がられますね。たまたま年齢が近く、学校が一緒で。またそれは太郎社長の父上の真一会長と当社の会長も同じで。 


石川:父同士年齢がちょうど三つ違っていて、全日本文具協会という業界団体の会長も父同士で順番にやっています。我々も同じく3つ違いですね。

 

数原:お互い守秘義務もあるし言えないことはいっぱいありますが、それとは別に、何かあれば連絡してますね。お客様に選んでいただけるような新商品を作るといった意味では競争相手ですが、業界全体の発展などの点では協力していきたいですね。


齊藤:本当にパートナーでもありライバルでもあり、だからこそ世界にも出ていけるのかもしれないですね。

 

数原 :そうですね。業界全体が、デジタル化や少子化といった危機にさらされるわけですから、業界の発展のためには協力しつつ、切磋琢磨してお客様に喜んで頂くことができる価値をご提供していきたいですね。

 

石川:それが日本の筆記具メーカーの技術力を高くしていると言えますね。

 

齊藤 :すごい健全な良いモデルですね。日本の文具という世界に誇れる業界をより元気にしていくために、お二人そして両社のパーパス実現を、心から応援しています。今日はありがとうございました。

 


 



数原 滋彦(すはら・しげひこ)

三菱鉛筆株式会社 代表取締役社長


1979年、東京都出身。

2001年慶応義塾大学経済学部卒業後、株式会社野村総合研究所入社。

2005年三菱鉛筆株式会社入社。群馬工場長、取締役経営企画担当、副社長などを経て、2020年3月より現職。


趣味はゴルフ、得意料理は炒飯。








石川 太郎 (いしかわ・たろう)

ゼブラ株式会社 代表取締役社長


1981年、東京都出身。

2005年3月 慶應義塾大学商学部 卒業

2008年3月 ゼブラ株式会社入社 執行役員就任

2009年4月 執行役員 兼 中国現地法人社長就任

2016年7月 取締役 兼インドネシア現地法人社長就任

2021年6月 専務取締役就任

2022年4月 代表取締役社長就任


趣味はギター演奏、座右の銘は「一日一生」。

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