2009年8月、 Netflixの共同創業者 Reed Hastingsは、同社の企業文化を詳述した125Pにもおよぶスライドプレゼンテーションを発表した。「ネットフリックス・カルチャー・デッキ」として広く知られるこの文書は、Netflixの企業文化の核となる考え方を簡潔に説明したもので、シリコンバレーだけでなく、ビジネス界にとっても重要な参考資料となっていった。Facebookの元COOであるSheryl Sandbergは、この文書を "シリコンバレーから生まれた最も重要な文書 "と称えた。この資料はその後、Netflixのカルチャーの基礎となり、今日のグローバルな激しい競争の状況下でも同社の成長を牽引している。
Netflix のカルチャーの捉え方
なぜNetflixにおいてカルチャーが極めて重要な役割を担っているのか?まずはそれを理解する必要がある。カルチャーは彼らの成功に不可欠であり、 カルチャーの基本原則がこの文書に明文化され、すべてのステークホルダー間での共有理解を育んでいる。人材部門の責任者はこう説明する:
「なぜカルチャーメモを重視するのかとよく聞かれます。私たちは、企業文化が成功の鍵だと考えています。この会社に応募してくる人には、Netflixのモチベーションが何であるかを知ってもらいたいと考えています。そして、全社員が何を最も大切にしているかについて共通の理解を持って働けるようにするためです。」
Greg Peters共同最高経営責任者(Co-CEO)はインタビューで、この点について詳しく語った。彼は、企業がしばしば重視する3つの点ー「文化、戦略、実行」に対し、Netflixではこのうち文化を最上位に置いていると説明した。その根拠となる理由は、
「もし戦略や実行が平凡であったとしても、企業に素晴らしいカルチャーがあれば、他の部分を向上させることができるからです。カルチャーは改善するための手段であり、私たちはそれを重要視しているのです。」
Netflixのカルチャードキュメントの変遷
過去15年間、Netflixのカルチャー・ドキュメントは4回の大幅な改訂を経てきた。2009年にリリース当初はプレゼンテーション形式、その後2017年に洗練されたメモに改訂された。2024年6月にリリースされた最新版は、完成までに12カ月を要した。このアップデートには1,500件を超える全従業員からのフィードバックが反映され、最終文書を形作った。
最新版の主な変更点
Netflixのカルチャー文書の最新版では、いくつかの重要な変更が導入された。
まずは、Netflixが大切にしていることとNetflixをほかと差別化することに焦点を当てるため、メモを短くしたことが最重要点である。15年を経て、メモはかなり長くなっていたため、今回の更新では明確さと簡潔さを優先した。
もうひとつの重要な変更は、2009年当初のバージョンにあったいくつかのコンセプトやアイデアを再度強調したことだ。Netflixの成功の原動力となった基本原則が、企業カルチャーの中心であるということを確かにしている。
さらに、最新版の文書では、現在のグローバルエンターテインメント企業としてのNetflixを最もよく表す4つの基本理念を中心に再構成された。
Netflixの4つの基本理念
カルチャーメモ(日本語版)により
ドリームチーム (Dream Team): Netflixは、高いパフォーマンスを発揮できる社員だけを雇っています。個人でも成果を上げ、チームになるとより大きな成果を上げられる人材です。
プロセスより人 (People over Process): 必要な情報が開示され、意思決定の自由があると、社員は大きな成果を出せるようになります。Netflixでは、こうしたオープンな環境の中で自由を最大限に活かし活躍できるずば抜けて責任感を持った人材を採用しています。
ドギマギするほど面白い (Uncomfortably Exciting): 世界中にエンターテインメントを届けるには、大胆かつ野心的である必要があります。つまりそれは、「次は何が来る?」というワクワク感を自分のものとして受け入れるということです。それがたとえ居心地の良いものではなかったにしても、です。
すごい、を進化し続ける (Great and Always Better): Netflixではよく、今日の自分たちはまだまだダメだ、明日はもっと良くなれる、と言ったりします。改善すべき点に自分で気づき、そこにたどり着くためにすべきことを実行する自己研鑽とレジリエンスが必要です。
なぜ改訂を必要としたか
Netflixがグローバルに成長し規模を拡大し続ける中、カルチャー文書は非常に幅広い対象に共感を得る必要があるため、文書の長さとトーンについて慎重に検討された。最新版のカルチャー文書では、より短く、より簡潔で、記憶に残りやすく、アクセスしやすいものになっている。共同CEOのGreg Petersは、インタビューでこの簡潔さのもうひとつの理由をこう説明している。
「簡潔にしたのは、まずは自分達が明文化・表現化するのに慣れて上手くなってきたということ、そして、本当に重要なことを理解できるようになってきたからです。ノイズからシグナルを探し出すように、表現に常に磨きをかけていくことで、誰かがそれに費やす時間に対して、価値を最大化できるようにしているのです。」
このように明確さと簡潔さを重視することで、Netflixの企業文化の本質を捉えるだけでなく、多様でグローバルな従業員に効果的に伝えることができている。
企業理念の伝達に継続的改善
共同CEOはまた、カルチャー文書のトーンがの改善について、本来直接的な当初の文書が、改訂を経てだんだんと「柔らかくなりすぎていた」と説明する。彼は「反対方向に振りすぎていた。今回の改訂ではは、Netflixで働くことがどのようなものかを正確に伝え、もっと直接的な部分を取り入れた」と付け加える。
企業理念はソフトウェアである
企業文化は企業のソフトウェアやオペレーティングシステム(OS)のように機能する。ソフトウェアがバグを修正し、問題に対処するための頻繁なアップデートや微調整を必要とするように、組織の価値観を説明する文書もまた、効果的であり続けるために進化しなければならない。Netflixは、企業理念についても、固定された不変のものとしてではなく、継続的に改善されるべきダイナミックな存在として捉えている。
このアプローチは、継続的な改良を重視する日本の「改善(カイゼン)」の概念と一致する。Netflixは「カイゼン」の概念をカルチャー文書に適用している。そのため、ビジネス環境が急速に変化していることを認識しているNetflixでは、パーパス、価値観、哲学を成文化するために使用される言葉は、適切であり続けるために更新されなければならないのだ。
次の2つの要因が変化すると、明文化された理念や信条などを見直す必要性が出てくるといえよう。
言葉の解釈の変化
環境や状況の変化
理念の中核となるエッセンスは変わらずとも、その解釈や表現は、従業員やその他の利害関係者にとって適切なものであり続けるように適応させなければならない。企業の成長段階や業界の状況の変化に合わせて組織の信条を進化させる、この反復的な改善アプローチこそが、長期に渡って信念や理念が有効的に機能していくことを保証するものだ。
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