2021年のアメリカ。電化製品業界は成長のないままコモディティ化ばかり進み、電化製品小売の大手Best Buyはなくなるだろうと言われていました。ただの家電製品販売店としての戦略を続けていたら、Best Buyは消滅していたかもしれません。しかし、崇高なパーパスで、より広い視点から戦略を構築することで、それを打破したのです。
- 米国の家電量販店Best Buyを再建させたユベール・ジョリー氏(元CEO)
2012年、Best Buyは経営環境における数々の課題に苦しんでいた。
Amazonに代表される、オンライン小売業者との競争。
eコマースの成長で、消費者が価格を比較できるようになった。それによって、消費行動の形として、「Showrooming」(実店舗で商品をチェックし、オンラインではより安い価格で購入すること)が多く見られるようになった。
カスタマーサービスの質の低下による、評判の低下。
この危機的な状況で、ユベール・ジョリーがCEOに就任。彼のリーダーシップの下、再建戦略を実行し、Best Buyは苦境から立ち直った。
このコラムシリーズでは、連載を通じて、ユベール・ジョリーのビジネス書『The Heart of Business』を参考に、Best Buyがどのようにパーパスを活用し、マーケティング戦略(ターゲティング、製品、流通)とCSR戦略を推進したかを探っていく。また、パーパスを活性化させるための社内戦略についても紹介する。
今回はまず、Best Buyのパーパスがターゲティングと商品戦略にどのような影響を与えたかについて見ていこう。
ターゲット市場とパーパスの実現可能性
Best Buyのマーケティング戦略の第一段階は、パーパスを実現できるマーケット分野の選定であった。Best Buyはデータを分析し、消費者のニーズから、同社が取り組むべきものを選んでいった。それが、エンターテインメント、生産性、コミュニケーション、食品、セキュリティ、健康・ウェルネス市場である。これらはBest Buyが、「テクノロジーによって生活を豊かにする」というパーパスを最もよく実現できると考える分野だった。
パーパスの最大活用という点で、Best Buyは、財務的観点だけでマーケットを評価するのでなく、これらのマーケットにおいてパーパスが実現可能かを見極める必要があることを示した。
パーパス起点の製品とサービス
次なる戦略は、製品とサービスだった。「テクノロジーによって生活を豊かにする」というパーパスから、2つの新しいサービスが派生した:
トータル・テック・サポート
2018年に開始されたこのサービスは、すべてのテクノロジー製品や家電・電化製品を無制限にサポートする会員制・サブスクリプションプログラムである。顧客の購入店を問わず(Best Buy以外の店から買った商品でも)、Best Buyからの出張修理や技術サポートが受けられる。
インホーム・アドバイザー・プログラム
Best Buyのカスタマーサービス担当者が顧客宅を訪問し、あらゆる技術相談に応じるプログラム。 店舗での顧客対応の延長として、無料で相談できる。顧客にとっては、個人専用の「Chief Technology Officer」(最高技術責任者)がつくような位置付けとなる。
これら2つの取り組みはBest Buyのパーパスに合致し、戦略的にも妥当なのだ。競合のeコマース企業(アマゾンなど)にはない、小売店舗のネットワークを活用した独自の強みとなるものだ。
顧客との実際の物理的距離という観点から、Best Buyを競合と比べて見てみると、e小売業者よりも、実店舗を全国各地に構えている。つまり、顧客との距離が近い点で優位である。サービスやサポートを提供するために顧客の自宅に訪問することで、顧客との距離をさらに縮めているのは特筆すべきだろう。
垂直統合の強化
これらの新サービスには、もうひとつの戦略的意義もある。アップルを見てみると、直営店のジーニアス・バー(Genius Bar)によって、カスタマー・サービスの垂直統合、つまり、アップルストアが顧客が買い物をし、技術サポートまで受けるためのワンストップ・スポットであることを示した。
Best Buyのバージョンは、トータル・テック・サポートという意味では同じであるが、以下の2つの点で異なった。
Best Buyは担当者が顧客の自宅まで出向く。
Best Buyで購入した製品でなくてもサポートする。
ここでもまた、全国に店舗を展開するBest Buyの強みを見事に生かし、eコマース業者の弱点である製品サポートとカスタマーサービスを攻略している。
戦略的ポイントのまとめ
この2つのサービスに関する戦略的ポイントは、以下の4つである。
「テクノロジーで生活を豊かにする」というパーパスに基づいている
顧客と市場にアクセスしやすい店舗ネットワークが強みであり、それを活用している
競争(eコマース業者)の弱い分野で差別化を図る
製品の購入店にかかわらず、技術サポートとホーム・ソリューションに注力し、顧客が必要としている適切なサービスを提供する。
Best Buyのこの2つのサービスから、企業はいかにパーパスに基づきながら、 戦略的に優れた製品やサービスを開発できるかがお分かりになるだろう。
次回は、Best BuyのCSR戦略がパーパスにどのようにリンクしているかを見ていこう。 パート2へつづく