パーパスドリブンカンパニーの筆頭ともいえるスターバックス。
グローバルに展開する中でも、ブランチのカルチャーと強いブランドは特に目を引きます。
コロナ禍でもブレる事のなかったブランドの強さの秘訣を、
スターバックス コーヒー ジャパン水口貴文CEOにお聞きしました。
(インタビュー:SMO 齊藤三希子)
齊藤:我々がパーパスを軸にしたブランディングを行うきっかけは、スターバックスの育ての親とも言える現名誉会長(前CEO)ハワード・シュルツ氏の本を読んだことでした。
水口:そのシュルツ氏の本にもありますが、彼の幼少期、トラック運転手だった父親は
怪我したことで職と保障を失いました。その経験から、従業員や会社を支えるステークホル
ダー、スターバックスで言えば、お店やオフィスで働く従業員、そしてコーヒー生産者などスターバックスを支えてくれる人々も大切にする会社を作りたい、というのが彼の出発点です。いつでも利益と社会的良心を両立させようと、例えば従業員に健康保険加入やストックオプションが組み込まれる。利益を追うだけでなく、そこに社会的意義があるからこそやる
気が出る。今よく言われる「ステークホルダー資本主義」みたいなのをずっとやってきている、ということなんです。
スターバックスではミッションがパーバスと言えるでしょう。存在意義ですね。僕らが大切
にしている『なんのために日々お店に立って働くのか?』ー そのWHYが全てのスタート地点であり、会社の全てと言っても良いかもしれません。我々のミッションは「人々の心を豊
かで活力のあるものにするために一ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから」です。一度もパートナー(従業員)にこれを暗記するようにお願いしたことはないですが、きっと誰もが自分の言葉として言えるように思います。来店されたお客様が少しでも笑顔になったり、リラックスしたりして帰っていただければ、その輪は世界中のスターバックスから広がって世の中もハッピーで楽しくなるよね、という価値を多くの仲間が信じているのだと思います。また、我々の行動規範であるバリューズは、米国から共有されたものを、日本のパートナーが違和感なく理解・体現でき、しっかりと浸透していくものにするために、半年くらいかけて、各部署の代表者でテーブルを囲んで熱い議論を交わして日本語訳を創っていったという、かなり気持ちのこもったものです。
どんな言葉を使うかによって人に伝わる伝わらないがあるし、伝える側がオーセンティックに自分の言葉として話せないと、受け取る側も自分ごと化できない。どんな言葉を使うかは
すごく大切にしてますね。
例えば、本社はオフィスではなくお店を支援(サポート)する「サポートセンター」、
全従業員をスタッフではなく、「パートナー」と呼ぶ我々の活動はミッションに全て紐づいていて、この「人々の心を豊かで活力のあるものにするために」を実現できるかで全てが成り立っているといっても過言ではありません。そして、それに続く「ひとりのお客様、一杯のコーヒー、一つのコミュニティから。」については、スターバックスには接客のマニュアルはありませんので、まず一人一人お客様を大切に、接客するパートナーがそのお客様が何を求めているかをまず察し、それにあった対応をすることを心掛けることを意味します。
そして、一杯のコーヒーという言葉の背景には、世界中のコーヒー農園の方々を想い、我々
がきちんと正しくコーヒーを買い付け、お客様まで届けることで彼らの生活に還元しようという意識の高さがあります。そして、最後に、コミュニティ。店舗のある地域との繋がりを大切にし、企業としても店舗発でも様々な地域活動をしています。
結局、ミッションを実現するために、自ら考えアクションする多様性あふれる会社になっていますね。
齊藤:店舗のパートナーまで皆がミッションに共感して体現しているのですね。
水口:会社のミッション&バリューズと、個人が大切にしているものの接点を見つけていくことを地道にやっています。アルバイトも含め、全パートナーに対し、店長が定期的にしっかり時間を使って、そのパートナーが今後4ヶ月間でやっていきたいことや将来の夢など
大切にしていることを聞き、会社の大切にしていることとの間に接点を見つけ、ゴールにしていく。それで仕事が自分ごと化して、スターバックスで働くことで会社も自分も成長する
というサイクルを作る。こうしてエンゲージメントを生み出し保っていくのをすごく意識しています。いくら一人一人が成長を目指していても、会社との接点がなければ意味がない。
結局、最後にお客さんの印象を決めるのはバートナーとお客様の関係が重要ですから、
みんながどれだけミッションをベースにして考えられるか、お客様の様子を察してその人のためにできることを考えられるかがある意味全てなんですね。バートナーの共感レベルが高くないとスターバックスのプランドは成り立たないので、そこは業績と同じくらい大切で、ここが崩れないように最も意識をしている部分です。
齊藤:そしてコミュニティも重視していらっしゃる。
水口:一番大切なのは、お客さんが少しでもハッピーになってお店をあとにすることだと思っているんですが、一方、コミュニティに対して、僕たちが何ができるかというのもすごく大切にしています。自分たちが社会に対してポジティブ変化を、また変化までは起こせなくてもきっかけくらいは作れるんじゃないかと。スターバックスではこういった社会貢献に関わる活動をCSRじゃなくてなくて、ソーシャルインパクトと呼んでいます。
例えば、プラスチック削減に関しては、使い捨てのストローの廃止宣言など、スターバックスからのアクションが社会での広がりのきっかけの一つになったのではと思っています。
その他にも、店舗から出た豆かすをリサイクルしたたい肥を用いて野菜を育て、サンドイッチの身にして店舗に戻したり、牛の飼料として活用し、その牛から絞ったミルクをまたお店で使ったりといった地道な取り組みもしています。言うのは簡単ですけど、店舗での豆かすの仕分けと回収も一苦労ですし、協力会社あっての取り組みです。意義のあることへの社内外バートナーの共感があるからそういう手間のかかる作業もやってくれているんだと思います。また、ソーシャルインパクト領域でもう一つ大きな軸としているのは、ダイバーシティ&インクルージョンです。お客様も従業員も一人一人が自分らしくいられる居場所を作るという考えを掲げ、性別や年齢をはじめ、様々な違いを尊重して、一人一人の特徴を活かしていく会社でありたいと思ってます。昨年の取り組みとしては、聴覚障がいのあるパートナーがマジョリティの店舗「サイニングストア」を日本にも開業しました。以前、聴覚障がいのあるバートナーに何が夢?って聞いたら「自分たちだけで店を開きたい」と。それで試しに数時間彼らだけで営業をしてみたら、発話がなくてもすごい活気に満ち溢れていたんです。終わった後に「今日どうだった?」って聞いたところ、みんな手話をメインに「自分の第一言語でずっと喋れるのが楽しかったです!」って。普段は第一言語で喋ってない事で、そのバートナーは日々そんなチャレンジを繰り返している。それに僕らは気が付いていない。
インクルージョンの在り方も様々、思い込みで簡単にやり方を決めつけてはいけないというのを思い知りました。障がいをカバーするというスタンスでは全くなく、一つの特徴として捉え、ツールやチームを工夫することで手話が主要言語っていう少し特徴のある店舗ができあがりました。地域のオアシスなのは他のお店と変わらない。楽しくて明るい店舗です。
私も子供たちを連れてプライベートでも訪れたんですが、「手話ってかっこいい!」って
一生懸命手話の練習をするんです。前向きな気付きに溢れています。彼らが働きやすい環境を楽しくかっこよく工夫して創り出し、世の中に広める事でソーシャルインパクトになる。いわゆるかわいそう路線では何も生まれない。その他にコミュニティ貢献活動としては、お店が独自でそれぞれの地域に合うことを多種多様にやっています。町田からスタートした
認知症の当事者とその家族の方の居場所を作る認知症カフェなどがいい例です。もともとは町田市の一店舗のアクションから始まり、今は町田市全店舗と、他の県にも広がっています。我々はミッションをペースにして、よく「オンリースターバックス」になろうよって
言ってるんですが、スターバックスにしかできない成長を続けたい、お客様や地域の皆様に、あって良かったと思っていただける存在になりたいといつも話しています。
齊藤:素晴らしい会社というのが改めてわかって、突っ込むところがありません。
水口:いえいえ、全く完壁ではありません。正直、良い接客ができないこともあると思いますし、失敗をすることもあります。だけど、それでこそ人間らしくて、オーセンティックだし、できないことは助けてもらえばいい。完璧でなくても人間臭さを良しとしているんです。マニュアルがない分、ミッションを指針にした行動であれば、会社はそれを支えるよっていうのが基本姿勢です。意見が違う時も当然あるけど、そういう時はガチンコで向き合お
うねって。人と人が向き合って、それで人間力を高めていくのがすごく大切ですね。
世の中なんとなく適当な話題でお茶を濁すことも多いですが、スターバックスって結構人の敷居までズカズカ入ってきて、お互いが本当に理解するまで対話する。そこにしか本当の接点って生まれないので。マネジメントの会議でも意見が違えば正面からぷつかり合うけど、お互いを尊重した中でぷつかったら最終的には良い結果につながると思うんです。仲良くす
ることと、なあなあにするのとは違って、本当の意味で人と人がきちんとリアルに向き合い続けることだけはやめない、それがうちの1番の強さだと思っています。まさにバリューズの「誠実に向き合い、威厳と尊敬をもって心を通わせる、その瞬間を大切にします」ですね。
齊藤:意見がぶつかった時など、意思決定の最終判断は。
水口:ビジネス決定時はみんなでいろんな角度から見るということをしますけど、最終的に自分で意思決定するときは、究極的にいうと「パートーが」喜ぶかどうかです。
ビジネスとパートナーとお客様の三視点から見て正しいかどうか、これはシュルツ氏が言ったことであり、我々の習慣でもあります。例えば、株主総会では二つ席が空いていて、そこにはパートナーとお客様が座っている想定で、その人たちに胸を張って言える判断かどうか。パートナーは従業員ながら、スターバックスの大ファンでもあるので、商品でもパートナーがワクワクするかどうかが最後のフィルターですね。
齊藤:小さい規模でやるっていうのは簡単でも、4万人も従業がいるよう会社で、一体
どのようにやっているんでしょうか。
水口:やはりみんなが自分たちがやっていることを信じているからだと思います。
ありがたいことにリテイルでお客様との接点がある私たちのような業態だとその価値を確認する機会があります。
例えば、昨春の緊急事態宣言時、大規模な休業後にお店を再開した際には、「お店を再開してくれてありがとう」「日常が戻ってきた」という嬉しいお言葉をたくさんいただきま
た。常に「自分たちの存在意義って何?」を考え、自然に会話として出てくるので、自分たちの活動が必要とされている感覚っていうのがべースになっているんだろうなと思います。
ハウツーのところで言えば、パートナー一人一人の目標を作ったあとに、フィードバックが仕組化されている部分は大きいのではないでしょうか。
目標を確認しながら課題があるところはしっかりと伝えるので、時には親にも言われない
ことをピシッと言われることもあると思うんですね。信頼関係がない中でそれを言うと誤解を生みますが、信頼関係がある中で本音を丁寧に伝えるのはやっぱり人間の本質として大切だと思うんですね。人と人があたたかく繋がり合うっていうのは、働く上でも、お客さんと
の間でも、人として必要なことなんだと思います。こうしてミッションやバリューズが定着していくのではないでしょうか。
齊藤:そういうカルチャーは、アメリカから受け継がれたのですか?日本で独自に生まれた
ものなんですか?
水口:スターバックスのミッションやバリューズは全世界で統一されていて、どこに行っても同じような会話が成り立ちます。それはスターバックスのすごく大きな強みです。
ただ、―つ一つのコミュニティを大切にするとミッションの中でも明確に言い切っているように、活動の多くは各国に任されていて、どんな商品や店舗を作ってどんなマーケティングをするのかとかはお客様や文化が全然違うのでそれぞれです。世界各国の中でも日本はかな
り丁寧にやってると思います。あと本来スターバックスがやりたいことっていうのが、結構元来の日本の「三方良し文化」と相性が良いんじゃないかなと思いますね。
齊藤:業績と社会的な活動の両立というのも大変かと思います。
水口:スターバックスのスタンスは、メディアの皆さんからするとスッキリしないんじゃないでしょうか。もっと真っ白か真っ黒の話の方が分かりやすい。だけど、我々スターバックスが目指すものって、社会的な良心とこの変化する世の中でどうやってビジネス成長を両立できるかを真剣に考えて、常にどのグレーを探すかなんです。都度スターバックスらしさをみんなで真剣に考えて「この辺かな?」って。まさしくコロナ禍でお店を再開する時もそうでした。今回みたいな難しい判断をしないといけない時、自分たちの判断がミッションに沿っているかっていうのはすごく意識します。こういうクライシスの時ほどミッションに立ち返る。普段からミッションが大事と言っていても、その判断がミッションからズレていれば、簡単に人は離れていくと思っているので、常にみんなの前で胸を張って言えるかというのを気にかけています。日々試されている感じがしますね。
齊藤:とはいえ、両立させど、時には数字との戦いもあると思いますが、「数字を
上げていく」ために大事にしているものなどありますか?
水口:基本的には、エンゲージメントの高いバートナーが自分ごとで働いてくれれば、
中長期ではピジネスは良くなると思っていて、そこに対する強い信念があります。ビジネス
で大切なのって、まず自分たちが何を大切にしているかというコアが明確なこと、うちだったらミッションであり、コーヒーであり、本物であること。ただ、大きくなっていって、
過去の成功体験に甘んじてパターン化すると、新しいものが生まれない。革新しないといけないんですね。コアと革新です。
「僕たちは人の繋がりを大切にしています」って言っても、店で対面することだけでもなくて、今だったらデジタル上のコミュニケーションも繋がりだし、方法論で言えば、デリバリーのお客様へのメッセージをパッケージに書くという行動の一つでも、温かみを伝えることってできるんですよ。もちろんそれをマニュアル化することはしませんが。店の中だけのことだけで繋がりを生み出すって言ってしまうと、もうそこで閉じられてしまって新たな発想は生まれないけど、繋がりを生み出すことが我々のコアとし、やり方は時代に合わせて革新していく。それでこそビジネスが成長していくし、そうでないとブランドなんて成長しません。もう一つ大切なのは、お客様に共感してもらえるかがすごく大きくて。特にこの環境下
では本物で本質があること、共感があること、これがプランドが成功していく上で前提条件だと信じて毎日進んでいます。
齊藤:リーダーや経営層の方々に対して、ミッションを信じてちゃんとやっているかの確認は、どのようにしていらっしゃるのですか?
水口:社歴が長いパートナーが、新しいメンバーに教えてくれるというのはあります。
ただ、元々このカルチャーや考え方に賛同している人が入社してきているので、リーダー陣でもどこか重なっている部分がないとスターバックスでは働きにくいでしょうね。アツい
メンパーが多くて、普通だったらすぐにピジネスの話に行くような場面に、どうやってやるかではなく、なぜやるのかというところに時間をかける、面白い文化ですね。でもここが決まるとすごくバーッと進んでいくんです。シニアマネジメントでもものすごい時間を使って、週2で雑談会開いたり、自分のプライペートの話やお互いをもっとよく知るセッションや、コロナ禍に10年後のスターバックスのピジョンをリモートで議論したりしています。
齊藤:そういうことを話すのが好きな文化と信頼感が出来上がってるのですね。
水口:コロナ禍で全店長会も初めてリモートでやりました。チャット欄もオープンにし、
すごい勢いで意見や質問が寄せられました。意見を言ったらちゃんと聞いて返してもらえるという信頼関係があってこその書き込みだったなと思って、これからはそれに答えていく番です。
齊藤:現場にいるパートナーから経営陣まで、みんな熱いんですね。
水口:自分の言葉でオーセンティックに伝えないと、本当には伝わらない。わかったような表面的な話をしても、話していて「完全にスルーされてる」とか、逆に「これは響いてるな」とか、わかるんですよ。あと、わかっているつもりでも、自分の言葉で話そうとすると、「あれ?本当は理解できていなかった」とか、本質まで考えきれてなかったとかも。
スターバックスにいると人間力みたいなものを鍛えられている気がします。成長も大好きですし、「なんでこんなに成長しなければならないのか」とか議論になることもありますけど、我々のやっていることが本質的に社会にとって前向きであれば、そこに大義名分があるので、自分たちの規模をうまく活用して広がっていくことに意があると思っているんす。
あと、うちはリーダーの人に求められる素養として、サーバントであること、人のために何ができるのかという点があります。誰かの役に立ちたいっていう思いが根底にあるパートナーが多いので、あなたの大切な人に語りかけるやり方をすれば自然と心がそこにあるよねっていう、そういう感じかもしれません。オーセンティックであること、サーバントであることはリーダーにすごく大切な要素だと思いますね。
齊藤:お話聞いているとファン度が増します。きっと働かれている方もそういう気持ちで働いていらっしゃるからこそ、客である私たちがお店に行ったときに自分たちをよく見てくれているって感覚になるんだなと思いました。
水口:本当に一人一人だと思いますね。お客様であり、パートナーであり一人一人としっかりと向き合って。妥協をすれば簡単に崩れることだと思っているので、そこは緊張感を持ってやっています。ミッション&バリューズの説明の一番下は、「人間らしさを大切にしながら成長し続けます」と締めています。会社の根幹が、ここに入っているんです。
会社も成長するし、自分も成長する ― 素敵な一言だなと思いますね。
水口貴文(みなぐちたかふみ)
スターバックスコーヒージャパン株式会社 代表取締役最高経営責任者(CEO)
上智大学卒。イタリア ボッコー二大学経営学修士課程修了(MBA)。
LVJグループ株式会社ロエベジャパンカンパニープレジデント&CEOを経て、2014年、
スターバックスコーヒージャパン株式会社入社。最高執行責任者(COO)就任。
2016年6月より現職に就任し、日本市場をリード。現在スターバックスは全国47都道府県に1600店舗以上を展開。2019年2月には、東京・中目黒に、世界5拠点目となる
スターバックス リザーブロースタリー東京を開業。
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